取説作成者に求められる素質・能力

1996年8月29日[1997年11月25日 改訂]

これだけマニュアルが不評をかこっているにもかかわらず、メーカーは相変わらず適性を無視した人材配置を行っているようですね。まったく困ったものです。
ところで、マニュアル制作者に求められる素質・能力とは何でしょう? ちょっと考えてみましょう。

適性/能力を一覧すると. . .

元々優秀であるとかそうでないとかは別としても、人間にはそれぞれ向き/不向きがあります。同様に職業にも、その職業に向いている人もいれば、そうでない人もいます。ある職業に向いているからといって、他の職業には向いていないことがあることはいうまでもありません。
取説制作者にもやはり、向いている人とそうでない人がいると思います。当研究所としては、取説作成者には以下の能力・資質が要求されるのではないかと考えています。

それぞれの項目が具体的にどのような能力を含んでいるかについては、以下で詳しく考えていきたいと思います。
ひとつ言い忘れました。当研究所では、正しい日本語を書く能力が欠如している人を、マニュアル担当者以前に、職業人としてすら認めておりません。あしからずご了承ください(笑)。

マニュアル制作者としての資質

まず重要なのは、ユーザーに機械を使いこなして欲しいと真剣に思えるかどうかです。
実際に原稿を書く人間、メーカー内で指示を出す人間であるとを問わず、マニュアル制作者は、お客様が喜んでいる姿を想像しながらマニュアルを書ける人でなければなりません。
自分の興味のある分野の機械の取説を書いているときは、誰でも生き生きとしているものです。「この気持ちを実際に使うお客様に味わって欲しい!」という気持ちが大切です。

補足:
自分に興味のある分野の機械を担当すると、豊富な専門用語を駆使して一般人を恐怖のどん底に陥れてしまう人をしばしば見掛けます。マネージャーは人の適性を見て、仕事をまかせるようにしましょう。

そして論理的であることも重要な資質です。
確かにマニュアルは哲学書のような厳密な論理一貫性を保つ必要はありませんが、やはり最低限の一貫性(Consistency)は必要です。説明のしかたがバラバラだと、同じ操作でも、まったく違う操作のようにユーザーが認識してしまいます。このため、ユーザーに適切な「操作モデル*」を構築してもらうことができなくなってしまうのです。
マニュアル内で一貫性を確保できないという問題の他に、論理性がないと、仕様書を読み解いたり、考えられる問題を明確にしたりできないというのも重要な弊害です。
これはマニュアル制作者本人にとっても不幸でしょうが、ユーザーが多大な迷惑を被ることのほうが重大です。

最後に、体力があるということを忘れずに付け加えておかなければなりません。
実は体力がないとマニュアルの仕事はできないのです。追い込まれたときの爆発力がある人は、さらにすばらしいと言えるでしょう。

*操作モデルとは?
認知科学用語で「メンタルモデル」というものがありますが、ここではマニュアル用に特化してあります。マニュアル中のさまざまな説明項目を通してユーザーが構築する、「この機械を使うには大体こうすればよい」という理解のことです。ユーザーが操作モデルを適切に構築できるような説明のしかたをしていると、ユーザー側で「この操作の細かいことは忘れたけれど、多分こうすればよかったはず」と気を利かせてくれるので、ナンセンスコールが減るというメリットもあります。

対象分野に関する興味や知識

基本的な能力があったところで、これから説明しようとする機械のことを全く知らない、知りたくもないようでは困ります。
というわけで、機械に興味がある(動作原理に興味を持てる)ことも重要な資質であるといえます。「初心者の立場に立った取説を作るためには、むしろ機械嫌い、機械を知らない人の方が適性がある」といった空恐ろしく、見当違いの意見が巷で流行したこともあったようですが、それは間違いです。
マニュアルを書くためには、「ユーザーのしなければならない操作」だけを知っていれば良いというわけではありません。内部機構を知っていてこそ初めて、操作上の問題がわかってくるという面も軽視してはいけません。

また、マニュアル担当者は認知科学・認知心理学の基礎知識を持つべきでしょう。現在は、マニュアル作成は職人的カンが役に立つ、ということになっています。そうはいっても、こういった知識を抜きにしては、マニュアル上で操作情報をどう構成するかを検討する際に、合理的で説得力のある議論を展開することはできないように思われます。
そのうえ、こうした知識を持つことで、マニュアルの内容について設計者や営業担当者に理不尽な修正要求を突きつけられても、ユーザーの利益を守ることができる、という副産物もあります。修正要求を潰すことによって、実際のライティング担当者が泣きながら修正する作業から救われるというのも、現実的なメリットですね。

これらのポイントを押さえたうえで、今後の流れとして看過できないのは制作システムに対する嗅覚です。
DTPだけ知っていればよかった時代ならともかく、現在ではデータの持ち方をどうするか、マニュアルの電子化に対してどう対応するか、など制作システムに依存する多くの問題が発生しています。
制作システム構築、個々の領域すべてのプロになる必要はないのですが、何が重要でどうすればよいのかを常に把握できる、情報収集力や判断力が重要になってくるでしょう。

対人能力

ここまではマニュアル担当者ならではの専門的能力を説明してきました。
しかしいくら専門職といっても、(特にメーカー内の担当者や営業担当では)マニュアル制作は人との交渉が占めるウェイトがかなり大きいと言えるでしょう。
というわけで、すこし対人能力についても考えてみましょう。

まず、コミュニケーション好きでなければ非常に辛いですね。円滑なコミュニケーションがとれないようでは、さまざまな人たちと作り上げていくような仕事はできません。マニュアル制作は自分一人でできる性質のものでは、決してないのです。
また、コミュニケーションが好きな人は、ある意味で「情報を人にどのように伝えるか、いつも考えている」人であると言えるのではないでしょうか。機械についての取扱情報をユーザーにどのように伝えるか、も同じです。
やはりコミュニケーション好きの人は、情報の伝え方がうまいと思うのです(もっとも、ただの「おしゃべり好き」だけでは意味がありませんね)。

対人能力としては、折衝能力も重要でしょう。
ユーザーの利益を守りながら、コストダウン要求などの外圧をうまくかわすには、この能力が非常に重要になります。メーカー内の担当者には特に必要な能力であるといえるでしょう。
制作者側としても、日程を伸ばしてもらったり、コストの制約をゆるめてもらったりするという日々の戦いに勝利するには、絶対必要な能力であると言えるでしょう。

さて、最後になりましたがコーディネーション能力を忘れてはなりません。
ひとくちにコーディネーションといっても、複数の仕事のコーディネーションだったり、人の使いかたの意味であったりするので、一義的な定義は難しいですね。この能力はマネージャーやメーカー内の担当者には特に必要とされるというにとどめましょう。

いかがでしたか? 

当研究所の考える「取説作成者に求められる資質・能力」はこんなところです。全部揃っている人がありましたらご連絡ください。ぜひ当研究所員になっていただきたく思います(笑)。また、「これが抜けているなんて!」というものがありましたら是非メールにてご連絡ください。さっそく追加版を発行させていただきます。

改訂版補足(97.11.25)
今回は一番多くご意見をいただいていた研究発表を改訂しました。
必要とされる能力/資質を大きく3つにまとめたことと、皆さんからのご要望の多かった対人能力についてスペースを割いたことが大きな変更です。
反響を研究発表に盛り込む作業は張り合いがあって、いいですね。こうしたインタラクティビティこそが、Webスペースの最大の利点だと実感しております。他の発表についてもご意見などありましたら、お気軽にメールにてご連絡ください。

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