役割の変わる紙マニュアル

1998年11月30日

今回はいろいろな潮流のなかで役割を変えていきつつある、紙マニュアルについて考察してみたいと思います。

激しさを増すコストダウン圧力

不景気のせいだけでないのですが、とにかく部品代としてのコストがかかる紙マニュアルは、以前にも増して削減される傾向にあります。これはハードウェア、ソフトウェアを問わず進行しているようです。
また、ソフトウェアに関しては(場面は制限されますが)、ディストリビューション(流通/配付)のコストダウンを念頭において紙マニュアルを省略する、という動きも出ています。
さすがにハードウェアに関してはマニュアルレスにするわけには行きませんが、コストダウンのあとは確実に認められます。極端に紙質の落ちた用紙とか、カラーが白黒になったとか、こころなしかレイアウトがきつくなったような気がするとか . . .。
皆さんのまわりでも、そのような紙マニュアルに心当たりはありませんか?

さて紙マニュアルのコストダウンと一口に言っても、実際には以下のような2通りの側面が混同されていることが多いようです。

  • 制作のコストダウン
    マニュアル制作にかかわる面を見直すことによってコストを下げる(マニュアル制作会社いじめ)。既存マニュアルの流用化を推し進めて単価を下げたり、内製化を進めたりすることが多いようです。もちろん制作会社に対する、単価の切り下げ圧力もあります(泣)。
  • 印刷のコストダウン
    印刷にかかわる面を見直すことによってコストを下げることもよく行われます(印刷会社いじめ)。まとめ刷りによって1冊あたり単価を下げたり、材料費をケチって用紙の品質を下げたりして、何とかしてマニュアルの部品単価を下げようとします。

実際にはてっとりばやく始められる印刷のコストダウンから手を付けておいて、そのあとに制作のコストダウンを検討するところが多いようです。
しかし、結局行き着くところはページ削減なのです。ページを削減すれば、制作費と印刷費のどちらのコストも一挙に削減することができるわけですから。

情報の提供手段の最適化

ではコストダウンによって削減された紙面に、ユーザーに必要な情報はすべて掲載できるのでしょうか?この問題に対しては、各メーカーは次の3通りの方法の対策をしているようです(もちろん併用もすることもあります)。

  • 電子マニュアルを強化して、紙マニュアルの情報を移行する
    特にリファレンスマニュアル類のように、検索機能を持つ電子マニュアルに移行したほうがユーザーの利益になると思われる種類の情報や、ボリュームがある割に見るユーザーが限定されるような情報から移行させられているようです。
  • 操作情報をインターフェース自体と統合し、操作説明に必要な情報を削減する
    製品自体の使いやすさを向上させて、説明しなければならない情報自体を削減しようとする動きです。
    アフォーダンスを考慮してインターフェースや製品の外観を設計するとか、各種のガイダンスや警告メッセージ、ウィザード機能などを充実させるといった手法がよく使われますね。
  • 紙マニュアルのレイアウトを詰め詰めにする
    もちろん、論外です(笑)。

最後は冗談にしても、共通するのは情報の種類に合わせて、ユーザーに最適な手段で提供するという姿勢です(もちろん紙マニュアルの削減方法を考えあぐねた末に、単に「全部電子化してしまえ」と考えたに違いない、とういうことがミエミエのものが多いことも事実です)。
ただしこの姿勢は、紙マニュアルを減らすためにどうするかという側面からではなく、どうしたらユーザーに操作情報をもっとも効率良く、わかりやすく伝えることができるのかという側面から出てこなければならない、ということを忘れてはなりません。
結果的に良い方向に行っている以上、あまり贅沢は言うべきでないのかもしれませんが、本質を押さえておかないと、いつまた訳のわからない亜流が出てこないとも限りませんからね。

新しい紙マニュアルの役割

コストダウン圧力によるページ削減と情報の提供手段の最適化、という流れを受けて、紙マニュアルに掲載されるべき情報の種類が明確になってきているように思えます。
つまり紙マニュアルに掲載される情報は、それが紙マニュアルで提供されなければならないという必然性を持つ情報に絞られてくるのではないか、というのが当研究所の考えです。それ以外の情報については、わざわざコストアップの要因となる紙マニュアルではなく、電子マニュアルなどの部品単価がかからないメディアに移行し、ユーザーにとっての利便性も確保するという方向に流れるのではないかと考えます。

では、紙マニュアルに掲載される必然性を持つ情報とは、いったいどういうものでしょうか? 必然性が高いと思われるものから考えてみましょう。

  • PL法などのユーザー保護のための情報
    お約束ですが、これは絶対に紙マニュアルに掲載する必要があります。
  • 製品を使用するまえにユーザーに理解してもらいたい情報
    基本的な使用法や機能の制限についての情報がある場合には、紙マニュアルに掲載すべきだと考えます。
  • 基本的な操作方法
    その製品を使って具体的にできることを説明したり、基本的な操作説明を通じてその製品の基本的な操作モデルに習熟してもらったりするには、紙マニュアルで情報を提供するほうが適切であると考えられます。
    ただし、この部分の情報をだらだらと載せてしまっては、結局いままでの紙マニュアルと何も変わりません。どうメリハリをつけて料理するかが、制作者の腕の見せどころとなります。
  • 操作情報がどう振り分けられているのかについての情報
    操作情報全体が紙マニュアルや各種の電子マニュアルに分けられているときは、ユーザーが探したい情報がどこに振り分けられているのかを説明しておく必要があります。
    これは紙マニュアル側からだけでなく、電子マニュアル側にも掲載しておくべき情報といえるでしょう。
  • トラブルシューティング
    製品自体に組み込まれたトラブルシューティングシステムが作動しないような状況でのトラブルに関する情報は、絶対に紙マニュアルで提供しなければなりません。例としてはインストール中のトラブル、設置準備段階でのトラブルなどがあげられます。
    しかしそれ以外のトラブルシューティングに関しては、状況依存型のヘルプとうまく組み合わせて情報を提供するのが良いでしょう。

こうして見てみると、今後の紙マニュアルはユーザーと製品の最初の橋渡しという役割を、これまで以上に担うことになるといえるでしょう。確かにこれまでもこうした役割を求められてはいましたが、それよりも製品全体の情報の提供という、最大の使命が優先されてしまう傾向があったように思えます。
すべてを紙マニュアルで説明する必要があった時代には、紙マニュアルの肥大化と、それに伴うマニュアルの役割の不明瞭さが問題となりました。ところが紙マニュアルには最初に必要な情報だけを精選して掲載できる(せざるをえない)状況では、紙マニュアルの役割はより明確なものとなるに違いありません。
外圧によって紙マニュアルの役割が変わるといっても、それが結局紙マニュアルをユーザーと製品との橋渡しという本来の役割に押し戻すことになるのですから、なんとも皮肉なものです。

メーカー本位の事情で紙マニュアルの役割が変わるという現実はあるにせよ、この現象はユーザーにとってもマニュアル制作者にとってもプラスに働く側面が十分にあるということを見逃してはならないでしょう。
そう考えると、外圧歓迎ということになるのかもしれませんね(笑)。

いかがでしたか?

今回は紙マニュアルの役割の変化という点に注目してみましたが、「役割の変化に応じて具体的にどのような紙マニュアルを目指すべきか」というテーマに関しても機会をみて発表したいと思います。

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