メーカー内マニュアル担当者のお仕事(2)

2001年3月19日

外部制作会社を利用した制作体制を構築している場合に、メーカーのマニュアル制作部門が果たすべき役割は何か?という問題は古くて新しい問題です。ですが、最近は問題の背景が若干変わってきたように思えます。今後の動向も含めて、あるべき姿を検討してみましょう。

制作能力が弱体化していませんか?

以前はメーカーが外部制作会社を指導するというような感じがあったように思われますが、最近ではメーカーの制作担当部門が最新の制作技術の動向を追い切れず(または技術に振り回され)、外部制作会社との制作能力が逆転している印象があります。つまり、メーカーの制作部門の基本的な制作/ディレクション能力の弱体化が感じられるということです。実際問題、最新の制作技術を完全に追い切るのも困難ですし、そうしたことのできる人材もなかなかいません。

このような事情を考慮に入れると、メーカーのマニュアル制作部門の果たすべき役割は、個別の制作技術を追うことよりも、取扱情報を中心としたユーザーとメーカーのコミュニケーションのありかたの検討や、メーカー独自のローカルルール(表記法やデザインフォーマット、CIに関わる部分)の構築という部分に特化されてくるのではないでしょうか。制作技術に関しては、外部の制作会社に任せたほうが効果的です。もちろん製品によって制作データがてんでバラバラではあとで困りますから、力のある制作会社に標準化のコンサルティングを依頼して、最低限のデータ互換性を保持する方策も必要になるでしょう。

しかし、そうすると部門の性格が実働部隊というよりも企画部門という趣になってきます。つまり完全に間接部門化する訳ですから、そのためだけにそれなりの規模の専従人員を配置し続けるのかどうか、再考するメーカーも出てくるでしょう。もちろん関連部門との折衝や調整という役割などがメーカー内の制作業務の聖域として残される可能性がありますが、これだけなら設計補助の人員が対応すれば良い次元の問題です。ネットワークを効果的に利用することで、その気になれば設計部門が進捗状況なども直接管理することもできる時代です。メーカー内のマニュアル制作部門の役割については、遅かれ早かれ本格的な見直しの対象となってくるでしょう。

情報の提供手法の分散にあわせて、組織を再構築する

それではメーカーのマニュアル制作部門が注力していくべき分野は、どのようなものになるでしょうか?
当研究所としては、次の3つの領域に分散していくのではないかと思います。

  • インターフェースに取扱情報を組み込むための業務
    既存のスキルを生かして、ユーザーインターフェース(UI)の改善や、操作情報それ自体をUIに組み込んでマニュアルの負担を軽減するといった、UI設計分野への進出です。
    マニュアル制作部門がUIに関わるとなると、どうしても単なる表示メッセージの修正屋になりがちです。しかし、タスク指向で操作手順を組み上げる能力を熟練したマニュアル制作者は持っているはずですので、操作仕様の基本部分の設計という分野にも進出する機会はあると思われます。特にビジュアルデザインではなく、操作仕様策定に強みを持つ専門のUIデザイナーなどまだほとんどいませんから、狙い所かもしれません。
  • 既存のマニュアル制作業務
    実際問題として、現状のスタンドアロン形態の紙マニュアルや電子マニュアルはなくならないでしょう。しかしこれまで検討したように、最新制作技術をふまえて実際に社内で制作を行うのは、あまりにコストパフォーマンスが悪すぎます。実制作は外部制作会社に任せ、自社のローカルルールの策定や情報の提供手法の動向調査に注力することが効果的であり、メーカーにしかできない業務であるともいえるでしょう。
  • コミュニケーションツールとしての情報提供業務
    取扱情報を製品情報やサポート関連情報などの周辺情報と連携させて、コミュニケーションツールとして使用するためにはどうすれば良いか?ということです。Webサイト経由の各種取扱・サポート情報のとりまとめや発信についての業務が考えられます。
    製品に関わる雑多な情報をタスク指向で構成し直すというマニュアル制作者のスキルを活かそうとうするのであれば、Webサイトのインフォメーション・アーキテクト的な業務に携わることも可能になってきます。ただし、この方向の業務は求められる人数は少なく、その割に高度なスキルが要求されるところが難点でしょうか(苦笑)。

各種取扱情報の提供にあたってマニュアルに依存する割合が低下していくことも考えるならば、組織の再構築や業務範囲の再検討もやむを得ないでしょう。もちろん、消極的に「やむを得ない」と捉えているようではダメで、他領域に進出するためのチャンスであると積極的に考えるくらいでないと、新領域でも確固とした地位を築くことは困難でしょうね。

要求されるスキルもますます変化する

さて、メーカー内のマニュアル制作部門の力点がこのような方向にシフトするのであれば、人材に求められるスキルや問題意識も当然変わってきます。しかし現場ではそうした危機感に乏しいかたが多いようで、おそらくマネージャークラスのかたの頭痛の種は「変わる必要があることはわかっているんだけど、変わることのできる人材がほとんどいない」という実状でしょう。あちこちのメーカーのかたから話を伺っていると、中途半端にライター稼業を経験してきた年代(詳細は自粛)の人に、特に問題が多いようです。文字や言葉の世界にこだわりがあること自体は悪いことではありませんが、自分に求められる業務の本質を自覚できないのは本当に困ります。

変われない人の処遇は別の機会に考えるとして、使える人材に柔軟性をもたせるためには以下のような方策が必要でしょう。

  • 電子マニュアルを1度は必ず担当させる
    がたがた言わせずに、とにかくやらせましょう。紙マニュアルと電子的な情報提供手法が異なることを理解させるには、これが一番です。
  • UI設計に首を突っ込ませる
    マニュアル制作が動き始めてから案件を担当するのではなく、それまでの商品企画/操作仕様策定段階から絡ませるようにしてみましょう。実際に仕様が策定されている現場を体験させて、現実的で効果的なUI改善提案ができるかどうか考えさせてみるのも手です。
  • 自分のWebサイトを作らせる
    情報提供にあたる立場の人間が、実際に情報提供とはどういうことかを理解していない例が多すぎます。いきなり業務で担当してユーザーに迷惑をかけるのではなく、情報提供にあたっての自分なりの考えを持たせるためにも、自分のWebサイトを持つことは格好のトレーニングとなります。
  • 営業や企画、デザインなど他部門の人間と話をさせる
    コミュニケーションデザインという大きな視点から取扱情報の提供を考えるのであるならば、担当者の行動がメーカー全体の意思を体現している必要があります。大きなプロジェクトに混ぜてもらうことから始めるのが無難な線でしょうか。

こうしたことを日常業務と織り交ぜて行うことで、今後の展開に求められるスキルとそれなりの柔軟な視野が得られるのではないかと思います。重要なのは、こちこちに凝り固まってしまうまえにいろいろなことを体験させることでしょうか。

いかがでしたか? またしても物議を醸しそうな発表ですが、メーカーのマニュアル制作部門の位置づけについては、そろそろ真剣な議論があってしかるべきではないかと考えます。

ですが、実際にはマニュアル制作そのものの価値にこだわりすぎるあまり、かえってマニュアル制作の殻に閉じこもってしまうというケースが多いように思えます。 マニュアル制作の根本にあるのはコミュニケーションデザインであり、そうした意味で現在と将来の技術や環境ではどのような手法がユーザーにとって一番メリットがあるのかを考える必要があるでしょう。くれぐれも部署の存続のためだけのエゴは振り回さないでいただきたいものです。

The 1140px CSS Grid System · Fluid down to mobile