情報デザイン業務の周辺で思ったこと、そして考えたこと
「おのひろきおんらいん」経由で、「ちょっとだけFOAF」という気になる記事を発見。
自分の知人、友達の情報を記述する(逆に友達じゃない人は記述しない)ということは、自分の人間関係をデジタルに(1or0、yes or no)で二分するということを行い、それを公開するということにもなるのではないかと思ってしまったのである。
FOAFの話はともかくとして、「デジタルに(1or0、yes or no)で二分する」というところがこの記事の重要なポイントでしょう。ノードをリンクで結ぶような構造に顕著ですが、構造化一般に付随する「デジタルな境界」という問題はなぜか見過ごされがちです。同じような問題を以前から考えていましたので、同志を発見してちょっと安心してたりするんですけど。
で、実はこの辺の問題をテーマとして、某誌の原稿を昨年からこつこつと書いていたりします。vivisimoをはじめとする検索結果のクラスタ化の話題がこの年末年始でまとめて出てきましたが(WIRED NEWS記事、SEMリサーチ記事)、その辺の話にも関連することになります(内容的にはもっとメタ領域な話になりますが)。
内容が大袈裟(謎)なこともあり、たかだか10ページの原稿に時間かかりまくり&泣き入りまくりですが、今回はwelle designの坂野さんに図版作成で協力を頂いたりと、いつも以上に気合いが入っております。当該書籍発売時にはこのコーナーでご紹介いたしますので、乞うご期待。
この辺の話は、つい先日「明示的に宣言されます。」に掲載されたWilliam Denton氏の論文(翻訳)にある、「実は仮のものであり、変化していく。そこでは、柔軟性があり、しかも新しい現象に適応することができる分類とはどういうものであるか」という問題意識にそのまま共通するものであると思うのです。
「ファセット分類およびそのWebへの適用について。」
http://www.chimimo.com/mt/archives/000313.html
Column@nakの@nak(あ)です。Trackbackありがとうございます。同じような思いの方がいてこちらもホッとしました。チンプンカンプンなことを言っているのではないかとちょっと心配だったので・・・
「情報大工」さん(で宜しいでしょうか?)のような知識をもっているわけではありませんが、人間関係という非常にアナログであり、かつセンシティブなものを人間が主観的に、かつ*安易に*デジタル表現することに抵抗を感じえしまいました。
人間らしさ、はロボットだけに限らずデジタルワールド全体の永遠のテーマなのでしょうね。
@nakさん、はじめまして。
いや、@nakさんの記事にあまり詳しく触れてる訳でもないので、Trackback打つか打たないか悩んで、結局打ってないはずなんですよ。
だからおそらく第三者の方が気を利かせて?打ってくれたのではないかと思うのです。なんか不思議な気分。
で、「アナログであり、かつセンシティブなものを人間が主観的に、かつ*安易に*デジタル表現」というあたりは御意でございます。ただ現状ではデジタル的な表現が前提になってしまっていて、アナログ感が忘れられているという気もします。
家電の世界で一時「ファジー」(笑)という言葉が流行ったんですが、今はある程度当然のものになっていますよね。それと同じで、情報や構造を中心とするデジタルワールドにも何らかの形でアナログ的なものが復権してくるのではないかと考えています。
個人的にBD-1Ti(2002モデルかな)を所有していることもあり、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
Posted by: たかやま : 2004年01月16日 04:58
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