情報大工のひとりごと

「社会批評」記事の一覧

書店とか図書館とか

2004年5月 1日(この記事のみ表示

どうにか業務多忙からの脱出に成功しつつあるようなので、少しずつ更新を再開したいと思います。思いっきり古いですが、過去にクリップした記事から興味深いものを2点ほどご紹介。

  • ようやく書店も"セレクトショップ"の時代に
    何処に行っても同じ品揃えで、本が売れないとか言われてもねえ...と思っていたのですが、どうやら流れが変わってきた模様です。
    多くのユーザーが(アフィリエイト制度を利用して)様々な切り口でセレクトショップを開設しているamazonには勝てないかも知れませんが、本好きの店員さんのセレクトがうまくはまれば、リアル書店でもまだまだ良い勝負ができるでしょう。
    どこの書店も同じような品揃えになってしまうのはビジネス上の判断だと思うのですが、どこも同じような売り場造りでは、どこで買っても同じだし、同じ商品しか目に留まらなくなる訳で...。やはり新たな商品の発見や「ついで買い」を誘いたいのであれば、品揃えや売り場造りがキモになってくると思うのです。
  • 六本木ヒルズ49階「会員制図書館」の価値は?Motoe Lab経由):
    ディテールに至るまでの気遣いや設計がうまくいっていないと、全体的には面白そうなものでもダメになってしまう好例です。やはり神は細部に宿るということなのでしょうか。まあでもこの場合、図書館という雰囲気を乱す要因が残っているということですから、細部以前の基本設計に問題があるのかもしれません。
    つまり、(無線LAN装備などの)差別化のための表面的な機能や要望にとらわれて、図書館そのものが本来持つべき基本的な価値(調べもののための静寂な雰囲気とか)を軽視してしまったことに根本的な問題があるのかもしれません。

この辺の話は、WebサイトやUI設計など、デザイン一般にも共通する話だと思います。基本前提の確認は共通理解があるものとしておろそかにされがちなので、しっかり注意する必要があるということなのでしょう。

情報発信者の保護と、公開された情報の保護

2004年2月 9日(この記事のみ表示

ネットワーク上の情報に対するクレーム問題は以前からあったとは思うんですが、昨年末あたりから一部で立て続けに騒ぎになったので少しメモを(あえてどの問題かは触れずに、一般論として)。

ネットワーク上に有用な情報をより多く流通させるためには、立場的に弱い発信者をどう保護するのかが重要な課題です。その意味で、発信者のリスクとして一番大きいのは、とにかく相手のリソースを奪うことが目的の訴訟ではないかと考えていました(過去記事)。しかしプロバイダや検索エンジンにクレームをつけて、ネットワーク上から都合の悪い情報の抹殺を図るという最近動きを見ると、発信者の保護もさることながら、公開された情報それ自体の保護も重要であることに改めて気付かされます。

現状の問題は、情報の発信者側からすると曖昧で不当なクレームであっても、実際に情報が削除されたり、当該情報が検索エンジンのインデックスから削除されるといった事態が起こり得ることです。そもそも発信者と悪く書かれた側のどちらに正当性があるのかなど、プロバイダや検索エンジンの法務担当が判断する(すべき)問題ではありません(もちろん明白な使用規約違反や犯罪行為なら話は別でしょうけれども)。その判断まで(裁判所以外の)他人に全面的に押し付けてしまうようでは、「情報を発信する際の責任を放棄している」と非難されても仕方がないと言えます。

ですが、この種の問題がすべて司法の判断を仰ぐことなしに解決しないようでは、リソースが限られている弱者では到底太刀打ちできません。従って、自由な情報発信と内容的に悪く書かれた側の保護を両立させるためには、裁判の迅速化や敷居の高さを改善することよりも、まずは問題解決のための一定のルールを整備する方が効果的と思われます。つまり、プロバイダや検索エンジンに削除要求を行ったり、訴訟を起こしたりする前に当事者間で踏むべき手続きを、ガイドラインとして規定するというアプローチです。

例えば、クレームには以下の三点

  • どのような問題があるのか(無断転載や事実誤認、名誉棄損など)
  • どの部分が問題なのか(URLと具体的な記述内容)
  • その部分をどうして欲しいのか(情報の削除や反論の併記など)

を明確にして発信者に伝達することを義務として、クレーム後の対応期間もある程度(一週間程度)確保するという案が考えられます。で、その間に何も当事者が対応しないのであれば、情報の削除もやむなしとするような感じで(もちろんその間に発信者当人が自主的に削除するのもOK)。

このような仕組みを構築しないと、立場の弱い人/組織が安心して情報発信ができなくなってしまいます。結果として情報発信の表現や内容の自主規制ばかりが進み、本音のメディアとして既存メディアを補完する役割を持ちつつあったネットワークメディアを殺すことにつながってしまいます(むしろそれを望んでいる人/組織も結構多いのでしょうけど)。表現の自由(大げさ?)と情報(知識)の自由な流通を保護するためには、「情報発信することには責任・リスクが伴う」以前の問題として、発信者と情報を保護するための何らかの仕組みが必要なのではないでしょうか。

でも発信者が連絡先を公開していない場合はどうする?とか、当事者間の話し合いが適切に行われたことを証明する方法は?などと考えると、やっぱり思い付きレベルのアイディアではダメですね(反省)。とは言え、今後の社会を見据えると、いわゆるメディア規制法なんかよりもこの辺の話の方がよっぽど重要な気がするんですが...。

明日は衆議院総選挙です

2003年11月 8日(この記事のみ表示

特に年金問題(参考記事)について現状に憤りを感じている方々は、絶対に行きましょう。国民の義務であると同時に、納税者の権利でもあります。

すでに60歳以上の「年金をもらい始めている世代」が3,000万人以上います(!)。それに対して現役で働く「保険料を納める側の世代」の人口は約8,000万人くらいです。しかもそのうち1,500万人くらいは50歳代のベビーブーム世代で「まもなく年金を受け始める側に入る世代」です。しかし、投票率で見ると両者の差は歴然です。60歳代のお年寄りは約80%が投票に行く一方で20歳代の投票率はおよそ35%。実際に選挙に行った人数でも逆転が起きかねない状態です。これでは、投票に行かない世代を冷遇する政策、つまり現役世代の負担が天井知らずになる政策が実現されても文句はいえません。

All About Japan 401kと将来設計 | 徹底比較!年金マニフェスト! まとめ

ネットワークメディアと訴訟リスク

2003年10月14日(この記事のみ表示

既存の大手マスコミの信頼性に対する疑問は今に始まったことではないですが、個人ベースのメディア、特にネットワークを利用したメディアに注目が集まっています。最近のblogの流行も、一役買っている感がありますね。

さて、asahi.comの記事「広がる草の根ネット新聞 市民が記者、生活者の視点で」によると、このような動きが具体的な取り組みとして結実している例もあるようです。また、blog::TIAOの記事「草の根 海外情報ブログジャーナルサイト構想」(および「民草のメディアと在外日本人ネットワーク」カテゴリの記事)のように、海外での報道を翻訳して日本に伝える仕組みを構築しようとする動きもあります。

このような動きは非常に嬉しく勇気づけられる反面で、気になる点もあります。独自取材や情報検証の困難については以前に触れたことがありますが、それよりも厄介な問題です。それはメディアとして存続していく上で、訴訟リスクとどのように付き合っていくのか?という点です。

大手マスコミであれば、訴訟を喰らったところで法務部などでまとめて対応することになるでしょうから、現場が対応で忙殺されることはおそらくないしょう。これはまさに大企業の強みと言えます。逆に中小零細企業や個人ベースのメディアでは、訴訟を喰らった時点でかなりの負荷が現場にかかることになります。訴訟費用はともかく(それでも大変なことには変わりないでしょうが)、訴訟に時間が取られることで活動自体が制約されてしまうことも考えられます。複数の訴訟を抱えたらアウトかもしれません。

したがって、このような訴訟リスクのことまで考えておかないと、新しい地盤からのメディアなるものは、あっという間に消え去ってしまう可能性すらあるでしょう。特に独自取材や独自分析(これこそ価値のある情報)を売りにするのであれば、なおさら訴訟リスクに対する備えが必要です。

ネットワークというインフラを活かした新しい形のメディアが立ち上がることに声援を送りつつも、後に続くであろう者たちの道を狭めることのないよう、細心の注意を払って運営されることを望まずにはいられません。

BTOをメーカー直販以外にも開放できないか

2003年10月 6日(この記事のみ表示

ソニースタイルの利用データが公開されたようで、先週末に関連記事が各ニュースサイトに掲載されました。

それらの記事を読んで気になるのは、やはり既存実店舗が単なるショールームとして利用されてしまう傾向があるということです。これは実店舗にとって好ましからざる話で、やはり大規模店に集約するしかないのか?という話になってしまいます。まあ「品揃えにも特色のない、中途半端な店舗なら最初からいらないよ」というのが消費者の実感でしょうし、現にそのような店舗の多い中小書店などは、軒並み苦戦しているように見えます。

確かに品揃えや価格競争力という面だけを見ると、大規模店への集約・移行は消費者に与えるメリットが大きいように見えます。しかし、それは本当にメリットだけなのでしょうか。ここで問題にしたいのは、大規模店への集約とメーカー直販によって、専門性の高い小規模店舗の存続が難しくなっていることです。

このような店舗はBTO(Build to Order)など、顧客のニーズに合った構成で製品を販売するというスタイルが期待されますが、実際に実店舗でメーカー製パソコンをBTOすることは困難です。例えばAppleのノートマシン(PowerBook、iBook)で英語キーボードを選ぶには、AppleStoreを利用するしかありません。これでは英語キーボードを利用したいユーザーが当該機種を購入したい場合、既存実店舗で購入するという選択肢がはじめから奪われていることになります。これは店舗がビジネスチャンスを喪失しているだけでなく、消費者側にとっても決して好ましい事態ではありません。

大量少品種(マスプロダクツ)の限界、そして少量多品種への移行ということはもう何年も前から言われています。それにも関わらず、消費者が自分の身の丈に合った商品を手に入れる方法は、いまだにメーカー直販サイトを利用するしかないのです。経験豊かなプロフェッショナルが顧客に十分な説明をした上でパーツ選択を推薦し、店頭からBTO製品を発注というシステムがあっても良いのではないでしょうか(確かLAOXのMac館からAppleStoreを利用してBTO製品を発注できたような〜と思ったら、Apple組立工房はいまも健在のようですね)。

「実店舗には既製品だけを販売してもらう」というのではなく、このような形でBTOシステムを実店舗に開放すべきではないでしょうか。これは実店舗(とそれに支えられる地域社会)だけでなく、消費者にとっても魅力的な話だと思うのです。

ソニースタイルでバイオを購入した顧客の90%以上がカスタマイズを行なっている。程度の差こそあれ、やはりそのままでいいという人は少ないようだ。逆にいえばカスタマイズできるからこそ、ソニースタイルで購入しているということだろう。

ソニースタイルに見るインターネット通販のスタイル(PC Watch)

もし店頭経由でBTO製品が購入できるのであれば、このデータがどのように変わるのか非常に興味深いですね(笑) 実店舗とメーカー直販サイトの差別化は「既製品の販売 vs カスタマイズ製品の販売」という軸ではなく、もっと違う方向を模索すべきでしょう。

そのような意味で、

これは同時に、海外商品の国内での評価、あるいは新色の評価につながる。市場性の調査も同時に行えるわけだ。ソニースタイルは、ソニー製品のブランド力を活かしつつ、ブランドを支える手段の一つにもなっているようだ。

"ソニースタイル"のトリビア(ZDNet リビング+)

のように、実店舗とメーカー直販サイト(最終的にはメーカー本体)の双方に利益のある、相互補完を目指す方向に進んで欲しいと強く思います。

個人による情報発信はメディアとなり得るか

2003年9月16日(この記事のみ表示

blog(ブログ/ウェブログ) は確実に広まりつつあるようですが、

今のblogの大半って、誰かより先にニュースサイトなどから新しいネタを拾ってきて、紹介みたいになっているけど、それじゃぁ、ただのニュース紹介ツールになってしまう。

Number7110 | blogとライターと収入の関係(2003年9月10日)

という傾向があることは否めません。

でもこれは別にblogに限ったことではなく、これまでの個人ニュースサイトでも同じ傾向が強かったように思えます。つまりこれはblogというツールに依存する問題ではなく、個人ベースでニュースを取り上げるにあたっての限界と捉える方が適当なように思われます。

blogが紹介されるときは、ジャーナリズムを既存メディアから解放する可能性を持つツールが流行り始めている、という取り上げられ方も多かったように記憶しています(参考1 参考2 )。また、そのコンテクストで、blogがメディアに対するチェック&バランスという機能を果たすことを期待する意見もあります(Weblog (blog)は高齢者活性化の鍵となるか?) 。

しかし、実際に個人ベースの情報発信がメディアとして機能するためには、出来事そのものの情報や、既存の情報に対する新しい視点の提示といった、何らかのオリジナルな情報(一次情報)を発信できなければなりません(キーパーソンへのインタビューなどは、それでも難しそうですが)。その点で、それなりのバックグラウンド(専門知識や批評眼など)を持つ人でなければ、一次情報という価値を付加することは難しいと言えます。また、一次情報を付加できる人であっても、多種多様なニュースを一人でカバーすることは現実的に困難ですから、取り扱う情報量は自ずと限定されることになります。

とすると、これらの貴重な情報はネット上の様々な場所に散逸しがちになってしまいます。したがって、散逸した関連情報をなんらかの手段によって結びつける(できればシステム的に)方法が必要になってくるでしょう。また、関連した情報の環のなかでぐるぐる廻ってしまって脱出できない(苦笑)などということのないように、情報の言及・依存関係を巨視的に把握できるような仕組みも必要になってきます。そのような意味で、blog(やその他のツール)で利用できるTrackBackがうまく機能すれば、個人による情報発信が分散ベースの巨大メディアとして浮かび上がる可能性が大きくなるのではないでしょうか(現実にはTrackBackの運用方法も一貫していないようですので、この辺もなかなか難しそうです)。

さて、もしこのような形で巨大な知識ネットワーク(?)に参加できるというメリットが提示されるのであれば、

ライター×blog=収入
の方程式が成り立つためにはどうしたらよいか。

Number7110 | blogとライターと収入の関係(2003年9月10日)

ということは、それほど問題にならないのではないでしょうか。

もちろん書くことによってささやかであっても収入につながる方が嬉しいでしょうが、情報発信のためのモチベーションは、それによってそれほど変わるものではないような気がします。そもそも「収入がないと良質なコンテンツが増えない」という考えかたは、ネット上でこれまで様々なリソースを無償で公開してくださってきた方に、礼を失する話ではないでしょうか。

最後に、「一次情報を付加できないなら、情報発信の意味がない」などと主張するつもりは毛頭ありません。個人情報発信がメディアとして機能しなければならない必然性があるかどうかも議論の余地があるでしょう。それに「blogは最高!他のはダメ!」(苦笑)などと主張するつもりもまったくありません。あくまで個人情報発信をメディアとして機能させるのであれば〜という話に限定していますので、ご了承くださいませ。

地形データ・地図データ

2003年9月 8日(この記事のみ表示

共同通信社のニュースによると、国土交通省が3D電子地図を作成する方針とのことです(slashdot.jp経由)。地図データといえば、経済産業省はG-XMLを推進しているような話を耳に挟んだことがあるのですが、両者のデータの関係はどんなものになるのでしょうか。くれぐれも省庁のなわばり争いで相互運用性ゼロ、という事態は回避して欲しいものです。

ところで、小規模な組織や個人ベースでは、地図データ(インフォメーショングラフィックスではない、地図そのもの)の作成はかなりの負担となるため、地図を利用したコンテンツ制作は最初から避ける傾向があるように思えます。一般レベルで地図や地形を扱うコンテンツが増えない原因の一端は、この敷居の高さにもあるのではないでしょうか(目のつけどころと運営の巧みさもありますが、借力の「バカ日本地図」などのユーザー参加型地図企画が成功しているのは、本当に例外ケースと言えます)。

ということで、両省(およびその周辺)の思惑はともかく、行政主導で作成した地形データや地図データは、できれば無料公開して欲しいなあと。「金のかかるインフラ部分だけ国にまかせて、成果物は民間が無料利用」というのは、最近の政治にもつながる難しい領域の話になりますが、どうせ作成するのであれば、ねえ。敷居の高さが解消されるならば、これまで考えつかなかったようなアイディア勝負のコンテンツが産まれる余地が広がることは間違いありません。基本となる公開データから出発して、その上で何を構築するのか趣向を凝らして競い合うような世界とも言えそうです。

そういう意味では、HTML文書のオーサリングソフトウェアも同じなんですよね。はっきりした規格がある以上、規格準拠のコードを生成することは当然の前提として、使いやすさなどの付加価値をどう実現するかという面で競い合うことを期待していたのですが . . . 。なんか違う方向に行ってしまったようで、非常に残念です。

業務多忙継続中

2003年6月 2日(この記事のみ表示

最近気が滅入るようなニュースが本当に多いです。人づてに聞く話でも明るいものが少ないです。

その中でも、就職環境の悪化で若年層の就職率&技能蓄積が低下しているということが一番の心配です。将来の国力に直結しそうな問題ですからね。若年層絡みで言えば、いくらデフレとはいえ、賃金水準が低すぎるのも心配です。その意味で、実際に手を動かしている人達にちゃんとお金がまわっていないのも気になります。使えない社員に対する処遇を再検討して、浮いた人件費で若年層社員の雇用を増やして欲しいところなのですが . . . 。

しかし現実には指名解雇は困難ですから、使えない人員だけを解雇するわけにはいきません。賃金切り下げも困難ですし。そうかといって早期優遇退職制度を設けたところで、残って欲しい人から退職してしまうのが関の山です。労働者の権利が強すぎる&正社員雇用にはコストがかかりすぎることは理解できるのですが、だからといって派遣労働を利用するのも安易すぎるような気がします。それよりは(外注企業での正社員の雇用につながる可能性の高い)業務外注を活発にした方が良いのではないでしょうか。

労働環境ネタついでですが、現在の惨状の責任を取るべき人間が知らんぷりで、現場の人間が変な形で責任を取らされるような話を聞くと、やり切れない思いがします。何故にあなたがそんなことを言えるのか?ということを平気でのたまったり、目標を与えて評価はするけど必要な権限やリソースは与えないとか、斬新な企画に対して文句ばかり言って骨抜きにしておきながら、失敗したら担当者の責任にするとか(でも成功したら自分の手柄)、そんな管理職が多すぎやしませんか? 実動部隊の権限と責任範囲を明確にすることがいわゆる官僚的組織の長所のはずなのに、現実がまったく逆になっているのは一体どういうことでしょう? これではまともな組織運営などできるはずがありません。無茶な指示を業務命令として実行させるのなら、命令を出した人間が結果責任を取る必要があるはずです。

で、何故このような使えない連中を放置して若年層にしわ寄せがくるのか?と一番最初の話に戻るわけで、この国の将来がとても心配です。弱小零細な当研究所としては技術蓄積のお手伝いしかできそうにありませんが、お役に立てる機会がありそうでしたら、ぜひ声をおかけください。

規格に対する信頼が失われるとき

2002年1月 7日(この記事のみ表示

昨年末に報道されて一部で大騒ぎとなっているのが、不正コピー防止を目的とした音楽CDに対するプロテクトの実施がレコード会社で予定されているというニュースです。

どうも音楽CDに物理的に?何らかの対処を行うことで、パソコンのドライブにマウントできないような方法を採用するということなのですが、実はそれだけでは済まない重大な問題が隠されています。つまり、パソコンのドライブにマウントできなくなるだけならともかくとして、既存のCDプレーヤーでも再生できなくなるような場合が想定されるようです。おまけに、レコード会社側が音楽CD販売時にプロテクトの有無を明記するかどうか、そして再生不可の場合に返品できるかどうかも曖昧のようです。従って、購入した音楽CDが自分のCDプレーヤーで再生できずに、かつ返品も認められないという事態も想定されます。プロテクトの有無と自分のCDプレーヤーの再生互換性を事前に確認できない以上、新しい音楽CDを購入することは博打と同じことになります。

もちろんこのようなプロテクトを採用せざるを得ないレコード業界側の事情も分かります。著作権に対する配慮が重要であることももちろんです。ネットを介したデジタルデータの流通だけでの問題でなく、中古販売や再販制度と絡めた包括的な対策が必要とされることは言うまでもありません(まあそろそろビジネス手法からして、抜本的な再検討が必要なのでしょうけれども)。

ですが、この問題の本質は、安定した規格としてユーザーの信頼を得ているものですら業界の都合で勝手に変更してしまい、お客様としてのユーザーの利益を保護しようという考えが微塵もない、作り手側の体質にあるのではないでしょうか。記録型DVDの各種規格やテープメディアのデジタルビデオ規格の濫造に顕著ですが、規格と(記録・再生)メディアに対するメーカーの意識の低さは最近目に余ります。ユーザーが安心して製品を購入できないという状況を自ら招いておいて、消費不況を叫ばれても困るのです(メーカー主導ではないとは言え、地上波デジタル放送を巡る不鮮明な動きも同じことでしょう)。規格商売でユーザーの信頼を失うことがあれば、メーカーの存在意義はどこにあるというのでしょうか。

どうしてもこの方法でプロテクトを進めるということであれば、レコード会社がパッケージにプロテクトの有無を明記することと、CDプレーヤーの製造メーカーが既存機種との互換性情報を公開する程度の対策は必須になるでしょう。レコード業界とCDプレーヤーの製造メーカーの対応を見守りたいところです。

80点主義を乗り越えろ

2001年9月25日(この記事のみ表示

マニュアルの質を評価する内部基準を持っていない組織は、ユーザーからのフィードバックを評価としてそのまま受け入れる傾向にあるようです。もちろんマニュアル制作やWebサイト構築のようなコミュニケーションを根底とする業務において、フィードバックの価値は何物にも代え難いものがあります。ですが、フィードバックがどのような経緯で、どのようなユーザーから、どれほど発生しているのか審査せずにそのまま受け入れてしまうことほど無駄なことはありません。フィードバックを重要視することと、フィードバックをそのまま受け入れることはまったく異なるのです。

全方向からのフィードバックをそのまま受け入れるモノ作りは、個性を殺す方向に進みます。いわゆる80点主義という考え方で、マニュアルのような特定層のユーザーに限定しないことが求められる情報提供には、必然的に付随するものです。しかし、そろそろこの80点主義から脱却して、顔の見えるユーザーに対して満点を付けてもらえるような方向に向かうべきではないでしょうか。フィードバックに対して、「それは違う」と言わなければならないときは、はっきりそのように言うべきなのです。これはマニュアルだけの問題ではなく、最近のモノ作り全般にも言えることです。

現在の消費不況の理由はいろいろありますが、どこを見ても無個性な80点主義商品があふれかえっている状況も一役買っているものと思われます。メーカーの企画担当者として、大当たりか大ハズレのどちらかしかない博打を打ちたくないことはわかります。過去の商品でのフィードバックをまじめに反映して、より欠点の少ない商品に仕上げたいというのもわかります。サポートコストも低減できるでしょうし。ですが、そのようなモノ作りが魅力ある商品につながらないのでは、まったく意味がないのです。そろいもそろって同じ市場に同じような製品を投入して、売れ行きが悪いなんて言っているようでは世話はありません。

NECがPC事業に関してシェア重視よりもリピート購入(率)重視に重点を移していくという報道がありましたが、これも同じ次元の話でしょう。これは広く浅くよりも、多少狭くても、より深くユーザーとのコミュニケーションを取っていこうとする意思表明に他なりません。そうすると自分たちだけが提供できる価値とは何か?というメーカーの根本問題に立ち返らざるを得なくなりますし、自分たちの哲学とユーザーからのフィードバックを、より高い次元でバランスを取るための能力も要求されます。この辺の対策も含めて、脱80点主義を目指すNECの挑戦を見守りたいと思います。

コンピュータ関連書籍売り場に異変あり

2001年5月20日(この記事のみ表示

昨年頃かと思いますが、新宿のヨドバシカメラ マルチメディア館のコンピュータ書籍売り場に異変がありました。いきなりデッサン技法書などのデザイン専門書がコンピュータ書籍売り場に並び始めたのです。(おそらく)今年になってからかと思いますが、秋葉原のLAOXザ・コンピュータ館の書籍売り場も同じような状態になっています。

コンピュータを利用したグラフィックやWebデザインが一般化するにつれ、デザインの専門教育を受けた訳ではない人達もこの分野に興味を持つようになりました。しかしコンピュータ関連書籍は上っ面のテクニック技法書ばかりで、本質的なデザインの入門書はほとんどありません。できればテクニック集だけでなく基本書も購入して参考にしたいという、こうした消費者のニーズをおそらく読みとったからこそ、前述のような売り場の変化が現れたわけです。実際にビジネスとして売り上げ貢献に直結しているかどうかは不明ですが、特定ジャンルの書籍購入に関してはワンストップ・ショッピングが可能になった訳で、それなりの販売機会の増加にはつながっているであろうことが推測できます。

さて、こういった考えかたはECの世界にこそ有効だと思うのです。例えば、タブレットを購入するユーザーは、デザインの専門書を購入する確率が高いのではないでしょうか? コンピュータとソフトウェア、周辺機器だけでなく、ユーザーが実際に特定の場面で必要になる製品は、もっと多いと思うのです。実際の店舗では階毎に売り場が分かれていたり店舗が分かれていたりする訳で、ユーザーは途中で購入した商品を抱えてあっちこっちへ移動する羽目になります。しかし、実際の使用場面ごとにつながりのある商品で売り場が構成されているならば、こんな苦労はなくなります。消費者のライフスタイルを意識して、ブランドや商品ジャンルにとらわれずに売り場を構成するということが小売業で注目されているようですが、これも同じような流れにある現象といえるでしょう。

しかし実際には、一つの店舗でこうした品揃えを実現することは困難であったり、さまざまな(笑)しがらみで理想的に話が進まないことが多いようです。ですが、ネットを利用した個別商店の集合体であるショッピングモールには、本来そうした制限がないはずなのです。何故こうした個別商品カテゴリー群を越えて、ユーザーの実際の使用場面に即したカテゴリー横断的な販売システムを構築できないのでしょうか?(まあ個々の店舗ごとのエゴその他であることは十分予想できるのですが、ね。)

販売不振に悩むショッピングモール系のECサイトが多いようですが、基本的なユーザビリティの見直しだけでなく、ユーザーニーズを直接とらえた形態での販売を可能にしていくようなシステム刷新も重要なのではないでしょうか。

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